タクシー物語 神奈川・東京・埼玉編

いつもの道が、少しだけ違う景色に

ドライバーの私だけに話してくれたこと

W.K

見慣れた景色をタクシーで走り、ほどなくして着いたのは、とある病院。いつものように病院から帰宅されるお客様をお乗せしました。乗車されたのは年配の女性のお客様。自宅に向かってタクシーを走らせると、何気ない会話のラリーが複数回続きました。そんな中、ふいにお客様の口から出たのは「たった今、主人とお別れしてきました」という言葉。つい先ほど、病院で息を引き取られたそうです。

「そんな大切な報告を私が聞いていいのだろうか」。初対面のタクシードライバーがお客様の思いを受け止めることなど到底できるはずもありません。私にできるのは、いつも通り丁寧な運転と接客でお客様を安全に目的地までお送りすること。両手でしっかりと握ったハンドルに気持ちを込めて、私はタクシーを走らせました。

その後、無事に自宅までお送りした際に「丁寧な運転ありがとう。まだ身内にも話していないけど、運転手さんには話したいと思ったんです」と胸の内を明かしてくれたお客様。嬉しいような、でも少し胸が締め付けられるような複雑な気持ちの中、少しだけホッとした表情を見せてくれたお客様の姿に「これで良かったんだ」と安堵しました。

タクシードライバーには応えられないこともある。でもタクシードライバーだからできることもある。「私は、私にできることをやり続けよう」。お客様を見送りながら、決意を新たにしました。

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