タクシー物語 神奈川・東京・埼玉編

小さな命と、半年越しの再会

人生の“はじまり”に立ち会えた日

D.F

あれは、寒い冬の日のことでした。
港北エリアを走行していると、一本の配車が入りました。
内容は「陣痛タクシー」。
画面を見た瞬間、思わず背筋が伸びたのを覚えています。

陣痛タクシーとは、出産を控えた妊婦さんが、
陣痛が始まった際に安心して病院へ向かえるよう事前登録して利用するサービスです。
急な体調変化にも対応できるよう、ドライバー側も心構えを持って臨みます。
「無事に、そして少しでも楽に病院までお連れしなければ」
ハンドルを握りながら、自然とそんな気持ちになっていました。

ご自宅前でお待ちしていたのは、陣痛に耐えながらも気丈に振る舞う妊婦さん。
後部座席にご案内し、体調を確認しながら、
できるだけ揺れの少ない運転を心がけました。
車内は静かで、聞こえるのはエンジン音と、時折小さく息を整える音だけ。
短い時間でしたが、不思議ととても長く感じられました。

無事に病院へ到着し、妊婦さんが降りていく背中を見送ったあと、
胸の奥がじんわりと温かくなったのを今でも覚えています。
「どうか、元気に生まれますように」そう願いながら、再び街へ戻りました。

それから季節は変わり、約半年後。
強い陽ざしが照りつけるある夏の日、
一人の女性が赤ちゃんを抱いてご乗車されました。

どこかで見たことのある横顔。
会話を交わすうちに、「あの時の、妊婦さんだ」と、ふと気づきました。
お客様ご本人は覚えていない様子でしたが、
腕の中には、小さくて、柔らかそうで、何より愛おしい赤ちゃん。
「ああ、無事に生まれたんだ」そう思った瞬間、胸がいっぱいになりました。
勝手ながら、私にとっては“感動の再会”でした。

タクシーの仕事は、一期一会の連続です。
でも時々、こうして人生の節目と節目が、一本の道でつながることがあります。
人生の終わりだけでなく、人生の“はじまり”にも出会える。
「この仕事は、本当に素敵だな」心からそう思えた出来事でした。

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